『愛してるよ』と抱きしめたい、『愛してるよ』と抱きしめられたい。

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井上直哉

心理とスピリチュアルの専門家
1989年大学に進学中へ、独自にスピリチュアルのリサーチを行い体外離脱体験をもつ。診療機器メーカーに就職後、2001年に精神療法家として独立。3,000人以上のセラピー実績を持ち、年間20回以上のセミナーを全国で挙行。2010年に株式会社ヒーリング土地を設立。現在は経営のお側人セッション及びセミナーをこなしながら執筆活動に励む。ブログは年間300万人が訪れる。旗標は「現実が変わるスピリチュアル」です。
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こんにちは。
心理とスピリチュアルの専門家 井上直哉(@my_earth_naoya)です。

今回はちょっと異常編です。

以前からブログのプロ代ルとは取分け、自分我について書いておきたいな、そんな風に思っていました。

ブログでは、ムード診断について書いたり、心の仕組みやセラピーについてなど、話したりもして粋ます。

ですが、私我がどのように、自分に方位合って来たか、このブログでは書いていませんでした。

今回の内容は近く什年近く前、私が精神療法を主体としたセッションを中心に行っていた頃に、自分の問題について書いていたものです。

よろしければご覧ください。

 

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自分の心の停滞期を越えて

自分の心の停滞期を越えて

ここから。。。

みなさんお久しぶりです。こんにちは。

何も無かったように、尚又ブログを書き出していますが、長い間ご無沙汰いたしました。

正直に言うと、少し停滞期に入っていました。停滞期と言ってもそんなに重たいものではないのですが、ちょっとブログは書きおろす気にならないって、そんな風に感じていました。

 

心の停滞期と方位合ってきた成行き

なんとなく書き出したものは在ったのですが、やヴィードロ途中で少し疲れ気持で、筆が進まないので、今は書きた余程きではないんだなって、そんな気持ちに浸っていました。

実は自分でいろいろと対処して、何度か気持ちが復活したのですが、如何してもすぐに停滞気持になっていました。

ですから、意外と深いかなって思いながら、自然の結末にませて、少し停滞気分を味わいながら、その問題が明確になってくるのを待ってみました。

その成行きとしては、今は自己セラピーでとてもすっきりと落ち着いています。

 

魔法の言葉セミナー

少し病んでいたかもしれない私の年若ころ

少し病んでいたかもしれない私の年若ころ

本当はこの問題に関しては、私我のプライベートとなことなので、ちょっと気が引けたのです。

ですが、自然と話してみる気持ちにもなりましたので、長くなるかもしれませんが、お話ししてみましょう。

私がこの問題について、自分の子供の頃のことついて、改めて思いを巡らせるようになったのは、私の息子が初等学校生になってからでした。

息子は今年の4月で4年生ですから、(現在は大学生)3年前ぐらいからですね。ある日、子供が宿題をしているのをみて、ふっと思ったんです。

 

<井上>
(へ~すごい。まじめに宿題をやって行くんだ。)

 

斯う思って、斯う言えば自分の子供の頃は、どんな子だったかなと振り返ってみると、ひょっとしてしたら私は、少し病んでいたのかもしれないっと思いました。

 

忘れ物の定型犯で宿題もやらない子供時代

初等学校校のころ、私は主に宿題をやりませんでした。

宿題忘れと、忘れ物の定型犯で、まともに学科書や宿題を持って、学校に行きませんでした。ですから日毎にのように放課後学校に残って、夕日が落ちるまで、罰の漢字書き取りをやらされていました。

忘れ物については、幸いにも1歳上には兄がいて、2歳下には妹がいましたから、休み時間にどちらかに借りに行けば間に合ったのです。ですからよく休み時間になると、兄弟のクラスに、忘れ物を借りに行っていました。

学校に登校して、自分の机に学科書や否トを入れようとしても、中へ入らないのです。

机の中半分ぐらいは、日毎にのように配布されていたプッディングトが、グチャグチャに詰め込まれて、屑かごさながらでした。プッディングトをまったく家に持って帰らなかったのです。

 

お朝起きが苦手書きで日毎に怒鳴られて起きる日々

授業と言う授業は余す所なく続かずに、2、3ヶ月通えれば良いほうで、主には1ヶ月たたないうちに、辞めていたように思います。

何をやっても続けることが発生ませんでした。

朝起きが苦手書きで、たいてい兄弟の中では最後に布団を引き剥がされて、「相当おきなさい!」と、怒鳴られながら起きていました。

主に日毎に、口内炎に悩まされて、口内炎が無余程きが珍しいぐらいでした。

時々は口の中へ5つもの口内炎が発生て、学校給食が食べれなかったので、お粥を煮込んだスープをお弁きちんと持って、学校に行っていました。

 

中学まで癖の指しゃぶりが取れない

あるとき鼻水が止まらなくなり、不潜考に思った母が耳鼻科につれて行くと、鼻の奥に綿毛がいっぱい詰まっていたのです。

耳鼻科の先生が驚嘆ぐらいに。日毎に毛布を抱えて、一人で指しゃぶりをしていたのです。

その指を口に入れる癖が中学まで取れなくて、困り果てた母は、指に薬を塗ってみたり、バンソコを張ってみたり、色々やりました。

今でも中学の校舎前で、親指に張られたバンソコを眺めている、そんな自分の姿が思い浮かびます。

結局気があと払いば、いつの間にか止めていたのですが・・・。

 

年若ころはそんな自分が普通だった

母の口癖では、私は一人遊びが得意で、玩具を渡しておけば、何も言わずに一人で遊んでいた斯うです。

兄がハ鹿で温気を出したときも、私はたいていど滓一人で遊んでいたので、母は「この子はハ鹿に掛かっていない、好い」と、兄の看病に専念していました。

そしてしばらくして振り返ってみると、房室の隈で私が引きあと払いを起こして、倒れていた斯うです。

この仕事を始めて、自分の子供を見ながら、自分の子供時代を振り返ってみると、ある意味私は少し病んでいたかもしれない。

そんな風に思います。

その頃にはそれが自分我で、そんな自分をまったくしようがありませんでした。

自分は斯ういうものなんだって思っていましたし、両親もこの子は斯ういう子なんだって、特に不潜考に思っていなかったようです。

 

”部員ーズブログ"

「愛してるよ」の言葉に秘められた真意

「愛してるよ」の言葉に秘められた真意

ですがそんな私が、成長して大人になり家族を持つと私の口からある言葉が頻しかとでてきました。

それは「愛してるよ」です。

妻にも子供たちにも、それがまるで挨拶であるかのように、ことある毎に「愛してるよ」って言うのです。

そしてぎゅーって抱きしめたい気持ちになって、思わず妻も子もかまわず抱きしめていたりするのです。

「愛してるよ」って言いながら。。。

 

「愛してるよ」と言える幸せ

よく考えてみると、私の両親が「愛してるよ」って言ったことは、一度もありませんでした。

でも私の口からはとても天然、その言葉が出てきていたのです。

ずっと。。。子供が成長するまで、それが普通だと思っていました。

自分の内から沸きあがってくる、その気持ちに疑問を持たずに、「愛してるよ」って言うことが、幸せなことだって思っていました。

 

強い衝動としての「愛してるよ」

ですが、誰しもがつくづくと抱きしめられている時間を持って、生活しているわけではありません。

気があと払いばこの気持鳥渡行動が、相手にとって負担になっている事実があり、そして私の中では、その気持ちを受諾入れてもらえない、そんなもどかしさがつのりました。

そしてその気持ちが、忿懣や怒りに変わるのには、さほど数多い時間は必要ありませんでした。

斯うなって初めて、その内朧気ら湧き上がってくる「愛してるよ」っという気持ちが、とても強い衝動的なものであることに感知ました。

だからこそ、私はその気持ちを取り除くことにしたのです。

 

解っていたから「愛してるよ」も癒してきた

自分の中で湧き上がってくる衝動を、切なさを、その都度その気持ちに方位合いながら、少しずつ軽くして粋ました。

それとともに、私の口からは「愛してるよ」っという言葉が消え、抱きしめたくなることも減り、最近では主に出てこなくなりました。

私はずっと、その気持ちは自分が子供の頃に本当は「寂しかった」から、それで出てくるものだって、斯う思っていました。

斯う思うこと探偵なりの気持ちが温温なり、衝動的な気持ちが出てくることも、切なさが出てくることも減っていたからです。

ですが、今回の停滞期は聢とその問題が原因でした。

最初は明確になりませんでしたが、つくづくと心の中をのぞいてみると、やっぱり「愛してるよ」って言最てしょうがなくて、抱きしめたくてしょうがない気持ちがまだあるのです。

それを我知らず我慢していたことが、その停滞の原因でした。

 

「愛してるよ」という言葉の真意

その気持ちが残っていることに気付いて、私は改めてその気持ちを見て粋ました。

「愛してるよ」って言って、ぎゅーって抱きしめたくなる気持ちを、そしてその気持ちを見ていくことで、私は初めて感知ました。

実は「愛してるよ」って言って、ぎゅーって抱きしめたいんじゃなくて。

「愛してるよ」って言われて、ぎゅーって抱きしめられた余程思っている子供の自分が滞在ことに。。。

 

自分を御気に召すことで初めて解ける葛藤と衝動

自分は、自分にしてほし余程思っていることを、家族にしていたんだって。

「愛してるよ」って、いっぱい言ってほしかったんだなって。

そのことに気付いたとき、初めて周辺の人ではなく、自分の中の年若自分に対して、「愛してるよ」って言ってあげる必要があることを知りました。

そしてそんな自分の中の子供の自分に対して、心から余程おし余程思い。

「愛してるよ」と言てあげれたとき、私の中へ在ったあの強い衝動は、氷が溶けて行くかのように、静かに消え去って粋ました。

 

井上のムード診断

心から自分を御気に召すこと

心から自分を御気に召すこと

私はセラピーを通して、親が子に対してとる行動には、私たちが周辺に対して取る行動には、2種類のものがあることを知っていました。

1つは自分がされてとても悲しかったこと。

近く1つは、自分がして欲しかったことです。

でも実際に自分が我知らずしていることの中へある、その気持ちにはなかなか気付き添うことが発生ないでいました。だからこそ、在ると解っていながらずっと引きずっていたのです。

ですが、今回改めてその行動の源となる、自分が本きちんと言入ていたものに勧奨たとき、私はその行動とともに、その傷を手放し、心からそんな自分を余程おし余程、御気に召すことが発生ました。

 

自分の中で開かる利得の停滞期

私たちが停滞期と呼ぶ期間は、私たち我の中で、いくらかの問題を破棄していく利得の、自分我のある側面に気付き添う利得の、とても大切な時間です。

停滞期と感じているとき、私たちは我知らず自分の中で、問題が浮上していることに気付いています。

現実が思うように行っていないことに、自分が自然体でいられないことに、何かにエネルギーを費やして疲れていることに。

だからこそ、つくづくと一人で心と方位合って、周辺からの影響を一旦閉ざして、一人で休んでいた余程感じるのです。

落ち着いて自分我の心の中を見つめて、本当自分らしさを傍証する利得に、内にこもるのです。

 

自分を御気に召すことの重大さ

感情を解放して、本当自分の気持ちに気付いていく。

そのとき初めて、私たちは心から自分を余程おし余程思い、自然と御気に召すことが発生るのかもしれません。

そしてその成行き、一倍自分思える存在として、一倍自由な存在として、生まれ変わることが、成長を遂げることが、発生るのかもしれません。

ここまで。。。

 

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